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社員のブログ

2018年05月23日23日は小説の日【月刊シューティングスターモーニング編集部事件(後編)】

陶磁器のポットから紅茶を注ぎ終えると、そこにプラスチック容器に入ったミルクを垂らした。本来ならばミルクティーには温めた牛乳を使うというのが賢人のこだわりではあったものの、貰い物のインスタントミルクがいつまで経っても消費されないので、止むを得ずこのような調理をするのだった。

あれもこれも阿久津のせいだと賢人は苛立つ。

あの編集者は何かあるたびにお詫びと称して物を差し入れる癖があった。このミルクは何の折だったか……。

賢人は思い返してみるが、そうこうしているうちにミルクティーが冷めては台無しであると考えて作業部屋へと戻ることにした。

自宅の二階に作業部屋があるので、一階の台所から歩き、半円を描くように伸びている階段を登っていった。

足元が暗いので注意しなくてはならない。

賢人の頭の中ではまだ問題は解決していなかった。

原稿が盗まれたとはどういう意味だろうか。

先々日まで鬼神が乗り移ったような勢いで作成していた原稿は、阿久津のデスクの中から見つかっていた。

姉はそれでも「盗まれた」と主張していた。

これまでも様々なとんちきな言動に振り回されてきた経験がある。未だにそれらを受け流せないのは、必ずそうした言葉の後には悲劇的な結果が待っていたからだった。

阿久津に話した「トビウオ」の話にしてもそうだ。実際にトビウオの映像を見て、自分の描いたトビウオの絵が間違っていると知ってしまった姉は瞬く間にやる気を無くしていた。

今回もそのケースにあたるのだろうか。

だとすれば、何とかして姉の機嫌を損ねないようにして、会話に付き合わなければならない。「イービル・エージェント」を終わらせてはならない。

「分かったよ、姉さん。僕らの原稿を盗んだやつらが」

仕事部屋に入って賢人はそう宣言をした。

作りたてのミルクティーを姉の机に置き、自分の分も同じようにすると、立ったままで賢人は自分の考えを述べ始めた。

まだこの推理は隅々が甘いが、それでも仕方が無い。完璧でないのが気になるものの、些末な部分にこだわって十遠を苛立たせたくはなかった。

「原稿が盗まれたというのは、つまり『発表の機会が盗まれた』ということじゃないか? 読者に読まれない原稿は原稿として成立していない。どれだけ僕らが心血を注いだとしても雑誌に載らなければ、その作品は背骨を折られたも同然だね」

賢人が「推理を公表する」と名乗りをあげたかのように、まずは高らかと宣告する。

その視線の先の十遠はミルクティーに口を付けて、その香りを楽しんでいるようだった。話を聞いてくれているかどうかも確信が持てないが、油断はしてはならない。姉は不意打ちの達人なのだから。

十遠はよく会話の流れを断ち切って、唐突に重大なことを発表したり実行したりする。

漫画家になると宣言した時もそうだ。

その時の事を詳しく思い出しそうだったが丁寧に蓋をした。今は頭の中にある一つのストーリーを相手に伝えることだけ考える。

「そうなると、この事件の犯人は……」

言いかけて相手の名前を忘れてしまったので、姉の机に歩み寄って自分のしたためたメモを覗き込んだ。

「漫画家の望月京太郎。共犯としてその担当の会沢も挙げてもいいな。いや、もしかすると担当の会沢が主犯かもしれない」

十遠は「続けなさい」と言わんばかりに頷くが、それが正解であるかどうかは明言しなかった。

「動機について考えてみたんだ。もしこの出来事が単なる阿久津の単純なミスによるものでないとしたら、犯人が居る。それならどうして犯人はこんな不可解なことをするんだろうって。そう考えた時に、四人の中で一番、今月の雑誌に俺たちの『イービル・エージェント』が載らなくて得をする人は誰だって考える」

再度、十遠は首を縦に振るだけで応えた。ここまでの話が合っているか間違っているかさえも教えてはくれないようだった。

「行きに阿久津に聞いたんだ。今月の『イービル・エージェント』が載らなかった場合、雑誌は代原(だいげん)をどうするのか。その代原に選ばれたのが、望月京太郎の作品だ。今回、俺らの連載作品が載らないことで、あいつらの作品が代わりを務めることになった」

ちらちらと十遠の様子を確かめながら話を進めていく。

「タイミングも、これまた怪しいくらいにちょうどいいんだ。ちょうどいいタイミングで代原が出てきている。まるで、俺たちの原稿が『間に合わない』と分かっているかのように完成している。普通、代原っていうのは以前に描き溜めていた誰かの漫画ってパターンが多い。今回のような緊急事態となってはなおさらだ。それにしては望月の作品はまるで『原稿がなくなる日』を締め切りとして描かれてきたかのように絶妙のタイミングで出てきてるんだよ」

ここまで話し終えて、賢人は一度姉の言葉を待とうと思った。

限界だった。

これ以上、あまり自信の無い推理を話し続けるのは荷が重い。

一旦、落ち着くために自分で淹れたミルクティーを飲み干した。もうすっかりと冷め切ってしまっている。

「……残念ね。残念だわ」

うつむき加減で視線を下に落として十遠は呟いた。

どきりとした。

一瞬で賢人の体内の血は急に循環が早まったかのようにかき混ぜられていく。視界が歪む。「間違ってしまった」という意識が彼の頭の中を埋め尽くし、目眩となって額の辺りに顕現するのだった。

姉の期待に応えられなかった。その事実が胸に重くのしかかっていく。足がふらつきそうになるのを必死で押さえていた。

「犯行を目撃した人はいるのかしら。いれば、あなたの推理ももっと面白くなると思うのだけれど」

「い、いや……最初に阿久津に確認したけれど、オフィスにいた四人のうち、誰もデスクには注意を払っていなかった。だから、犯行をその目にしたって人はいない」

「そう。それならば、あなたの推理、不完全なものと言わざるを得ないわね」

突き放されたような気がした。

もうおしまいだ。自分が言い当てられなかったことが問題なのではない。姉と同じ考えに至れなかったことが、痛恨の極みであった。

もしも、十遠が真相を突き止めたのであれば、賢人の前で発表してしまえば全て済むことだろう。

しかしながら、彼女は賢人に「どう思うか」と考えさせたのである。

その意味が分からないほど彼は鈍くはない。十遠のアシスタントを長年勤めてきたのは伊達ではない。

自分の予想に共感してくれるかどうかを試したのだろう。

賢人はそれに失敗してしまった。

既に十遠は「自分たちの原稿が盗まれた」と明言して怒りさえ露わにしているし、それをアシスタントの賢人にも理解してもらえなかったという状況にある。

これならば十分「連載を止める」と言い出せてしまうだろう。

賢人は推理の失敗に至ってしまった自分が、どういった立場に置かれているのかを理解したところで十遠の方をまともに見られなくなってしまっていた。次にかけられる言葉がひたすら恐ろしかった。

「あなた、自分の手で一生懸命、調べてきてくれたでしょう? 調べてきているわ。ほら、こっちにいらっしゃい」

十遠からかけられた言葉は意外にも棘のあるものではなかった。賢人は面食らったように呼び寄せられる。すると、自分が作ってきた聞き取りのメモ紙を渡されていた。

「そこに全部、答えは書いてあるの。とても素晴らしいメモではないかしら。いい? 今から私が話すこと、一言も聞き漏らしては駄目よ? 駄目ですよ?」

「あ、ああ」

「動機のお話をしてくれたわね。犯人の動機。私もそこから話を始めようかしら。そうね、あなたの言う通り、その何とかさんって漫画を描く方にとって私たちの原稿がなくなることはメリットがあるわね。自分の原稿を雑誌に載せられる。けれど、それならばどうして編集さんのデスクに原稿を戻したのかしら? 戻す必要はないわよね。それこそ、お裁縫用の大きなハサミでぐちゃぐちゃに切り裂いて、ゴミ箱の奥の方に突っ込んでおけば何もかも済む話でしょう?」

賢人は納得した後に頷いてみた。

言われた通り、原稿を元に戻しておく必要性はない。そのままどこかに捨ててしまえば良いのだ。もしも、望月が犯人だとするなら、既に雑誌で連載をしている自分たちの原稿は邪魔なだけである。願わくばこちらがもう一度同じ作品を描くことに対してやる気を無くし、来月も原稿がまた間に合わなくなり、二ヶ月連続で自分の原稿が雑誌に載る……という機会を作った方が得に決まっている。

「どうして原稿が戻っているか。それを考えれば……そうね。この事件の半分くらいは解決と言っても良いのではないかしら」

半分……。

賢人にとってそれはまだ事件を解き明かすのに何の確信も持てなさそうな情報だったが、何故かもう一度チャンスをくれている姉の前ではどんな質問にも全力で思考するしかない。

十秒ほどで「原稿を戻さなくても構わない人物」の目星はついた。四人のうち三人にとっては、原稿を奪ったのならばそのまま処分してしまうことが大きなメリットになる。

だが、完璧主義の賢人は次の質問の前で立ち止まってしまった。

それならばどうして原稿は戻っているのか?

四人は二種類に分けられるだろう。しかし、それは「原稿を戻さなくても構わない人物」と「原稿を戻さなくてはならない人物」ではないのだ。

後者は別に「戻さなくてはならない」ではなくて「戻しても戻さなくてもいい」のである。

どうしてそれが「戻す」という選択肢に至ったのかが分からない。

困ったように姉を見ると、すっかり彼女は答えを確信しているような顔つきをしている。また失望させてしまうのか……。

絶望しかけた時にふと姉の言葉が蘇ってきた。

自分のとってきたメモを見なさい。

先ほどまで姉が目を通していた紙片を眺めてみた。そう言えば、メモをとるだけとっておいて、まじまじと見返したのはこれが初めてかもしれない。

疑っている人物に関しての書き込みを読んでいく。原稿を戻しても戻さなくても良かった、唯一の人間についての記述だ。

電子書籍。データ化。過去の名作。復刻版の企画……。

賢人はゆっくりと顔を上げた。

まるで、脳に血が巡り始めたかのように思考が鮮明になっていく。脳細胞が呼吸を開始したかのようだった。一つの単語が一つ以上の推理を呼んできて、それらが有機的に繋がっていく。意味が分からないパズルのピースを組み立てているうちに、やがて何の絵柄が隠れているかが分かってくる。そんな瞬間に立ち会ったような気がした。

もう賢人の胸に恐れはない。

「きっと、この犯人は……漫画が好きだったんだ」

だが、口にしてしまってからやはり後悔してしまう。そんな憶測のような答えで良いのかと自問する。

十遠も無表情のままこちらを見つめたままだった。少なくとも良い評価を与えてくれる視線には思えない。

それでも続けるしかない。今更取り消して自分の意見を不完全なものにしたくはない。例え間違っていようとも、伝えたい心が欠けていて十分なものではないのならば、それは賢人にとって後悔の種になり得る。

「漫画が好きだから原稿を元の場所に戻した。俺はそう考えるよ。それに、姉さんの言う通りだ。どうして原稿を元の場所に返したのか分かれば、犯人が分かる。そうだね。さっきの俺の推理、間違っていたね。やっぱり完全じゃないのは駄目だな」

賢人ははにかむように笑った。姉の前で素の自分になって笑うのは久しぶりのような気がした。

「犯人は金原だ。俺たちの作品を盗んだんだね。姉さんの言葉も今、ようやく理解できたよ。原稿が戻ってきているのに、盗まれたってやつ」

「聞かせて? 聞かせてくれるわよね?」

もちろん、と賢人は首肯する。

「金原は電子書籍の仕事をしていた。それで、あの日、阿久津が原稿を持って編集部に帰ってきてから、質問をするふりをして近づいて、やつが席を離れた瞬間に原稿を自分の手元に置いた。……それから阿久津が原稿がないことに気づいて騒ぎ初め、周りの目がそっちに集まっているうちに、俺たちの原稿をスキャナーでスキャンしたんだ。電子書籍にするためにね」

ここで初めて姉も同意してくれた。心の底から喜びが増してきて言葉が進んでいく。

「今時、アナログ原稿にしているのは俺たちくらいだからね。デジタルのデータを手に入れられないから、こうやってアナログのものを盗んだんだ。それで、電子書籍のデータにした後は、恐らくどこかの外部サーバーにでもアップロードしているんじゃないかな。雑誌に出る前に俺たちの漫画が世の中に出れば大騒ぎになる。金原はそれが見たかったんじゃないかな」

賢人の推理はそこまでだった。

完璧な動機が暴けたわけではないし、もしかしたら原稿をデータ化した後、個人で楽しむためだけに金原は所持している可能性もある。まだ明らかになっていない点が多数あってむず痒い。

まだ何か手持ちの材料から推理が出来るのでは無いだろうか。

賢人は完璧を求めて赤ボールペンを机の上のペン立てから取って、印を付けながらメモを再読しようとしていた。すると、十遠から声がかかる。

「ねえ、もう一杯、紅茶をお願いしてもいいかしら。ミルクもお砂糖も要らないわ。あなたが淹れる普通の紅茶が飲みたいの」

そう言って空のカップを見せつけてくる十遠に、賢人は我に返ったかのような表情をして頷いた。

 

十遠は窓際に椅子を寄せて月を見上げながら紅茶の香りを楽しんでいる。まるで湯気と遊んでいるかのようだ。

その紅茶を作りながらも、賢人の頭の中は推理で一杯だった。金原が本当に漫画が好きだったとしたら漫画をサーバーにアップロードはしないだろう。そうなると、データとして持っているのか? しかし、外部にデータを持ち出すのは至難の技ではないだろうか。彼が作業するパソコンには当然外部メモリの差し込みに対して、何らかの規制がかけられているだろうし、そうなるとどうやって持ち出すのか?

思考を続ける賢人に対して、十遠は一度カップを机の上に置いてから声をかけてきた。

「もう大丈夫よ。犯人が分かったのならば、あとは編集者さんたちに任せておけば良いわ」

その言葉に「でも」と反論しそうになった。つかみかけた真実を逃してしまっては、必ず後悔するのではないか。そんな思いが強かったからだ。

「ふふ、いつも完全なものを求めるのはアーティストとしては最高ね。でもね、人間関係においてはそうではないものよ。こっちを見るのよ。見なさい?」

十遠に促されて賢人は気がついた。彼女の瞳を覗き込んで思い出すことができた。

人間関係。

そう言えば、自分は姉がたどり着いた推理を当てたに過ぎないのだ。最初の目的を忘れかけるところであった。彼は十遠のモチベーションを維持できればそれで良かったのではないか。

「ねえ、その金なんとかってアルバイトの方が、私たちの作品を盗んだ。その動機だけれどね、私の考えは違うわ。あなたとは違うのよ、賢人」

「え?」

「私は犯人が原稿を返したのは、漫画が好きだからではないと思ったわ。ただ、もしも返さないで私たちが別の作品を次の号に書き直して載せてしまったら、スキャンした原稿が盗まれたものだって皆に分かってしまうわよね。だとしたら、いけないものを持っていることになってしまうわ。それって、耐えられないことよね。精神的に」

「そ、そうなるね。……え? と言うことは、金原はやはり外部のサーバーにアップロードを?」

「それはもういいの。ねえ、私が一番嬉しいのは賢人が私たちの作品が盗まれたと感じてくれて、それで一生懸命に推理をしてくれたことなのよ」

何の話が始まったんだ、と賢人は思った。姉が喜んでくれることはもちろん嬉しいけれども、いきなり話が飛ぶ癖が出てきたのでどこか身構えてしまった。

「……いつも、実は気にしていたのよ。私の気まぐれで賢人には大きな迷惑をかけているんじゃないかって。それで、今回も必死になって推理してくれたのは、私がそんな気まぐれを起こさないためなんじゃないかって思ったの」

いきなりの姉の自己分析だが、実にその通りだったので賢人は何も言えなかった。

「顔に出やすいのね。いいの。分かっていたことだから。だからこそ、本当は私に気兼ねなく推理をして欲しかった。そして、あなたはやってくれたわ。やったわよね? 私の考えをそのまま当てるんじゃなくて、自分の考えを話した。犯人の動機、『漫画が好きだから』って答え、いいと思うわ。いいと思わない? 私が考えていたのとは違うけれど、そっちの方が素敵」

十遠の言葉に照れくさくなって賢人は視線を外してしまった。

しかし、姉の動機がそんな所にあるとは思ってもいなかったので、不意を突かれたような気がして落ち着きが無くなっていた。自分はただこの推理、姉に考えを試されているとしか考えていなかったし、彼女の言う通り、「モチベーションを下げさせないために」気を遣っていたに過ぎなかったのだ。

だが、途中からそこを離れて自分自身の推理を完璧にすることを考え出した。

十遠が告白したことは本当らしく思えた。

既に分かっている犯人を諦めさせずこちらに考えさせた。一度、賢人は間違って望月という漫画家を犯人だと言ってしまったが、十遠はその答えの穴を指摘した。

もしも、自分の機嫌を取って欲しいだけならば、推理合戦はそこで終了だったはずだ。

しかしながら、姉はそうしなかった。

ちゃんと自分のとってきたメモを参照させることで、新たな道を探させたのだった。そして、その結果姉が考えるのと違う動機から犯人が割り出せた。そして、その答えを彼女は「素敵だ」と言う……。

「ねえ、これからはもっと自分の考えを私にぶつけて良いのよ。あなたはあなたで、私は私なんだから」

十遠が微笑むと、時間が止まるような気がした。嬉しさとか喜びとか優越感とか、そういった感情からは切り離された充実感が胸の内に溢れていく。

「も、もちろん私も頑張る。気まぐれでやる気を無くして漫画が描けないなんて、子供っぽいこと、もうしないわ。しない……ように頑張る。頑張るわ」

「うん」

「もちろん今回の件も、私は原稿が見つからなくてもちゃんと同じ話を描くつもりだったわよ。とても苦しいだろうけど、それも我慢して頑張るつもりだったんだからね」

十遠の両手を握ってやる気を見せるポーズを見て、賢人は「へえ」と感心したような声を出すと、「今、疑った。疑ったわよね」とふざけた様子で彼の側に近づいてきて近くにあったカップで頭を殴ろうとしてくる。

それは、姉さん、殺人事件だろと、半ば本気で凶器を手にしていた姉に賢人はつい笑いのツボをつかれてしまって、不覚にもよじれるように笑いが止まらなくなってしまった。

そうだ、これでいいんだ。

こんな風に遠慮無く姉との距離を縮めて、何でも話し合って、そうやってこれまでもやってきたんだから。賢人は心の中で、納得できる答えを見つけ出していた。完璧に姉の心を推理することなんて出来ない。それでも、自分はこの姉の心を満たすことが出来たではないか。

賢人は今回の事件の推理、答えが合っていても間違っていても、最早どうでも良い気がしていた。

何となく、もう一度、十遠が自分に近づいてきてくれたような気がするからだ。

 

結局、二人の推理通り、アルバイトの金原はスキャンした原稿を所持していた。その報告を受けて、賢人はまず十遠に伝えた。満足したように彼女は頷いて、すぐに手元の原稿に戻った。自宅二階の作業部屋。既に次の月の連載分が制作されているのだ。締め切りは一ヶ月の休載期間があったので随分と余裕があった。

賢人は一つのコマの背景を描き上げてから、その原稿を持ち上げて自分の正面に持ってきてバランスを確かめてみる。

十九世紀の架空のイギリスを舞台にした漫画、『イービル・エージェント』。

今日も姉の描くキャラクター、名探偵見習いの少女、アイリス・シャイリーは元気に蒸気機関で何もかもが動く街並みを元気に歩き回っている。

賢人はそのアイリスを応援するように、彼女の進む道の模様をひたすらペンで描き続けるのだった。

 

おわり

 

 

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